道徳の授業を受けてみよう!

生活クラブ運動グループ東京連絡会主催のピアふぇすた2019道徳の授業を受けてみよう~私の考えは、合格点?~に参加しました。

講師である宮澤弘道さんは、現役の公立小学校の教師。講演に先立ち自己紹介で、ご自身が海外の戦闘現場での活動や身柄を拘束されるなどの戦争体験をしているからこそ、戦争経験のない日本人に比べ、平和についての思いは強く、教師として子どもたちに平和への思いを伝えることが、ご自身の使命だと語りました。

講演の中で、現在の教科化された道徳の模擬授業を体験。あらためて、教科化の重大な問題点を確認し、私たちにできることを考えました。

1、教科化された「特別の教科、道徳」

道徳の教科化とは、国語や数学、理科などと同様に、教科書により教師が道徳を子どもたちに指導し、評価をすることです。そして学校における道徳教育は特別の教科の道徳の時間を要(かなめ)とし、学校のすべての教育活動を通じて行うとしています。

教科化以前の道徳は、すべての子どもの考えや発言を教師はそのまま受け入れていましたが、教科化されると教科書に沿って指導するようになります。大半の子どもは、教科書の内容に沿った考え方をまね、評価される事を念頭に、発言するようになります。一方、個性的な子どもや、特別な体験を持つ子どもの、教科書にない考え方は排除され、考えを否定された子どもにとっては苦痛を伴う授業となってしまいます。教師が子どもたちの考えること、思っていることを干渉することになり、内心の自由を奪うことにつながります。

道徳の教科化は「公」による「私」への介入であり警戒すべきことと宮澤さんは指摘します。

2、道徳の教科書教材から

小学校低学年、中学年、高学年で使われている教材で、模擬授業を受けました。教材を最後まで読むと、望ましい考え方に誘導されるつくりで、別欄にはどのように考えたらよいかのガイドもあります。これでは、様々な考え方や意見を交わし議論する授業にはなりません。

また、障がい者を取り上げた項目では、すべての障がい者は周りの人に感謝しすぎるほど感謝し、善い人、苦境を乗り越える心の強い人とされ、戦時下の東京大空襲や原子爆弾投下後の広島市民を取り上げた項目では、戦争をあたかも自然災害のように扱い、その中での個人の心のありよう、考え方を導いています。そして気づかないうちに障がい者や戦争について固定概念が刷り込まれています。

本来、社会全体の仕組みや政治の問題であっても、すべて個人の頑張りで解決させようと自己責任論になっていると、宮澤さんは言います。

3、自由な発想による、多様な意見を議論する道徳の授業に

教科化された道徳を、内面に介入しない授業、自ら考え議論する授業にするために宮澤さんは、教材の中断読みを実践しています。物語の前半まで読み、後半部分(起承転結の転結)は読ませず、子どもたちが望む物語の展開を創作させます。その後、発表しあうことで多様な意見が共有でき、議論する授業になるといいます。

4、子どもたちの内心の自由、子どもの権利を守るために

道徳は個人にまなざしがむけられ、道徳的大儀は時代により変わります。社会システムを守るための教えが道徳であり、すごく恐ろしいことですと宮澤さん。

まず私たちにできることは、地域の学校で、どのように道徳の授業が行われているのかを体験し、異なる意見の子どもや多様な家庭環境の子どもがどう受け止めるかなど、授業のアンケートに感想や提案を記入する。日々の会話の中で、身近なひとたちと道徳を話題にする。そして家庭では常に人権を基本とした教育を意識し、学校には人権教育を求めていくことが大切です。

道徳についてあらためて学びなおす日となりました。